自己紹介

私は商人だろうか?少なくとも良い商人ではない

一生商売をしてきたのに、依然として懐は寂しく、大して金を稼げなかった。定年の年齢になった今でも、自分は本当に商売に向いていないと思う。

普通の商人なら値切り交渉くらい当然するものだ。生配信を何時間もやって、一つも商品が売れない配信者などいるだろうか。

客を追いかけて商品を売ろうとしても、相手は私を冗談だと思ってしまう。

「高すぎる」と言われれば、私はこう返す。「高いんじゃない、あなたの財布のお金が少ないだけだ」と。

とにかく私はいつも商品が売れない。商売を始めようとすると、店のスタッフはみな私にどっか行ってほしいと思っている。私のせいで折角の商談を台無しにされたくないからだ……

私はいつも自己中心的だ。自分が良いと思ったものが良いのであって、市場の流行に流されたくない。いわゆる流行もどれも不細工で、扱う気にもなれない。

店の商品が減っても、監視カメラを確認しようともしない。今日来た客なんて数人しかいないのに、もし犯人が分かったら気まずいじゃないか。

帳簿をつけるのさえ嫌になる。スタッフが金を盗むなんてあるはずもない。信じられないなら、最初から雇わなければいい。

だから私は一切管理などしない。管理とは人を侮辱するようなものだ、はは。

管理といえば、私は他人に管理されるのも大嫌いだ。

前もってルールさえ決めてくれれば、自分で自分を律する。未成年じゃあるまいし。

私をデザイナーだと言うなら、それは完全な冗談だ。

人生のうち七八年ほど建築設計の仕事に携わったが、思い出に残るものも、一つの作品もない。

ただその頃、李工さんと知り合えたのは収穫だ。彼はアメリカ人が書いた世界史、もちろん中国史も見せてくれた。

学生時代に知っていた歴史とはまるで別世界で、大笑いしたものだ。

それに当時は思春期真っ只中で、若い女性のしなやかな姿ばかり目についていた……

初めて設計案の審査会に出た時、王工場長はでたらめばかり言った。

私は腹立たしく李工さんに愚痴をこぼした。「何も分からないくせに、いつも指図ばかりしてくる」と。

すると李工さんは諭してくれた。「余計なことを言うな。設計なんてただ飯を食うための仕事に過ぎない。独りよがりではいけない」。

だから私は、百パーセントデザイナーなんかではない。

国有企業で勤めていた頃、お世辞を言うこと、人の顔色をうかがうことを覚え、それなりにうまくやっていた。

それでもやはり、周りから嫌がられる存在だった。

人から私は「石ころのような人間」だと言われ、うっかりすると他人の足を引っかけてしまう。

我慢できず本音を漏らしてしまうからだ。

ある時、大幹部が周りに「韓くんは昇進させてもいいか?」と尋ねた。

私は思わず「宦官みたいな人間を何で昇進させるんですか」と言ってしまった。

結果、その方は決して宦官などではなく、後に大幹部にまで上り詰め、栄華を極めた聡明な方だった。

当時の私は、わざと無欲なふりをしていただけなのだ、はは。

私には到底できない。権力の世界で、忍従して立身出世するには、並外れた器量と技術が必要だ……

サラリーマンなんて見込みのない仕事だ。上司に遠慮されるようになったら、それは自分から生きづらい状況を作っているようなものだ。

土建の親方をやっていた時期は、人生で一番うまくいっていた頃かもしれない。

夜のハルビンの裏側をたくさん見てきた。多少金は稼いだが、所詮は闇夜の鳥、肥溜めの魚のようなもの。

自分の性に合わない環境だった。語れる話は数多くあるが、今さら話す価値もない。

書道と絵画も好きだ。子供の頃はいつも書道で三等賞をもらっていた。

大人になって時間がなくなり、五十歳になってからまた毎日臨書を始め、六七年ほど続け、多くの人に褒められ励まされた。

だがここ数年はまた怠けて、すっかり疎かになってしまった……

読書は私が一番長く続けてきた趣味だ。ただ浅く読み流すばかりで、半分理解したようなしていないような。

読む本は極めて雑多で、『黄帝内経』からソクラテス、『マグナ・カルタ』から余秋雨、『笑林広記』から『1984』まで……

自分でも可笑しくなるが、半分で読むのをやめた本もあれば、ざっと目を通しただけの本も多い、はは。

私は声に出して読むのが好きなので、他人の邪魔にならないよう、いつも隠れて読んでいる。

中学から高校への進学時、国語の点数はたった 24 点。大学入試でも国語は 42 点しか取れなかった。

私の国語は極端に苦手で、今でも句読点の使い方も分からないし、ピンインも理解できない。

こうして文章を書き留めるようになったのは、昔の年末総括や報告書を書き始めたのがきっかけだ。

書いていくうちに周りから褒められ、次第に筆が大胆になった……

私は文章を書けるわけではない。ただ記録を残しているだけだ。

物語を記し、心情を記し、見解を記す。それはいわゆる国語の学力とは関係ない。

大事なのは、物語があるか、心があるか、考えがあるかだ。

見た目は綺麗で文才のある文章でも、結局何が言いたいのか分からないものも多い。そんなものに意味があるだろうか?

ここ数年、ますます迷信深くなった。自分に前世があるに違いないと思う。

そうでなければ、これほど不思議な縁が説明できない。

例えば古玩との縁。古びた置物を見るだけで心が躍るのはなぜか。

仏様との縁も、全く不思議な巡り合わせだ。

ある時、普陀山の長老・道生禅師の書が素晴らしいと聞き、直に揮毫を願いに行った。

何の予定もなくふらりと普済寺に入り、尋ねるとすぐに長老にお目にかかれた。

長老に「誰の紹介で来たのか?」と問われ、私は思わず「自分自身が自分を連れてきました」と答えた。

「何の用か?」と聞かれ、堂号の揮毫をお願いした。

長老は「字を書くには代金が要るぞ」と言われ、私は「金がなければ書いていただけないのですか?」と返した。

すると長老はじっと私を見て、快くたくさん書いてくださり、長く語り合った。

小僧に昼食の時間だと催促されても、話は尽きなかった……

確かその年、長老は 95 歳で、翌年に往生された。

僧侶との縁はまさに運命めいている。

かつて私のスタッフだった二人は、今では寺院の住職になっている。

今の会社のスタッフは私を除き全員菜食主義者だ。

日本にいても、一人の小僧と今でも親しく交流が続いている。

皆さん、不思議だと思わないだろうか……

今では周りから「金持ちの暇人」だと言われ、畑を耕すのは風雅な暮らし、文章を書くのは品格がある生き方だとからかわれる、はは。

実際のところ私は全然金持ちではなく、いつも金繰りに苦労している。

若い頃にもっとしっかり稼いでおけばよかったと後悔する日々だ。

畑を耕すのはただ野菜代を節約するため。日本の野菜はとても高いからだ。

ネットでくだらない文章を書くのは、ただ鬱憤を晴らすだけでなく、ファンを増やしたいから。

ファンが増えれば商売にもつながり、体裁を保って生きていける、はは。

私を隠逸の高人だと言うのは絶対に違う。

私は昔から政治のことが一番気になって仕方がない。

商鞅から王安石、周の封建制から秦の中央集権、北宋の文官政治から朱元璋の権力支配。

イギリスの産業革命、立憲君主制、アメリカの三権分立、共和制・連邦制・民主主義…… こうした話が大好きだ。

もし一生に一度選挙に出られる機会があれば、真っ先に立候補したい。

ただ、この生ではきっと叶わないだろう……

朝起きて思うままに長々と書き綴った。

最後まで読んでくれた人がいるだろうか?

もし読み終えたなら、ぜひ一声かけてほしい、はは😂